日本初のカフェ(喫茶店)の名前や現在は?創業者やオープン場所はどこ?

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派手な金髪のママが、カウンターの奥にいました。

 

喫茶店というより、スナックのママさんです。

 

「あのう、アルバイトを探しているのですが、、、」

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お客様がいたので、小声です。

 

2人掛けのテーブル席が5つと10人掛けのカウンター。

 

ほぼ満席。

 

「コーヒー淹れられる?」

 

返事をするとカウンターの中に手招きされました。

 

しかも高速の手招き。

 

エプロンを渡され、カップとサーバー、ネルの位置、コーヒーの缶。

 

手を動かしながら、早口で説明しました。

 

オーダー表は壁にセロテープで止まっていました。

 

6枚のオーダー表にビッシリオーダーが入っています。

 

ママひとり、本日開店。

 

『た、大変だぁ!』

 

すぐに状況がつかめました。

 

3人用のサーバーと2人用のサーバーに、オーダー表にあるコーヒーを落としてゆきます。

 

ブレンド、キリマンジャロ、ブラジル、アイスコーヒー、コーラ、高原ミルク、ドリンクメニューはそれだけです。

 

ママはオーダー表のケーキや、トーストをセットすると、すぐにカウンターの外に出て、テーブルに届けます。

 

夢中でコーヒーをたて、下げたカップやお皿を洗う。

 

ドアのカウベルがなるたびにお客様が入って来ます。

 

ママがなれない手つきでパンにバターを塗る。

 

私は水をトレーに載せて、オーダーを取ります。

 

やっと一息ついたときは2時半でした。

 

クローズの看板を出して、最後のお客様を見送りました。

 

「舐めてたわ」ママがニヤリと笑います。

 

「本当、助かった。こんな田舎でお客なんか来ないと思ったんだ。明日もバイトできる?」

 

と、なんだか驚いているうちに採用になりました。

 

『毎日お願いできるかしら』

 

願ったり叶ったりです。

 

ママ手作りのナポリタンで昼食。

 

食後のコーヒーはママ指定のブラジルを淹れるようにと言われました。

 

「ブラジルコーヒーはキーコーヒーが1番美味しいの。日本はブラジルコーヒーが好きだから当然キーコーヒーにしょうと思ってね。キーコーヒーにして良かったわ。営業マンが必要なものを一式揃えくれたの。なにも不足なし」

 

アイスコーヒーは紙パック。

 

ガムシロップもクリームも同じサイズの紙パックでカウンターの下に並んでいます。

 

紙パックでは、なんだか味気ないと思いましたが。

 

キーコーヒーの青いカンバンは遠くからでも目立ちます。

 

木村コーヒーは日本の老舗メーカーで、キーコーヒーというブランド名が通名でした。

 

のちに社名を木村コーヒーからブランドネームであったキーコーヒーに変えました。

 

ママは、美味しい、と言ってどこか遠くを見るような表情をしました。

 

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「ネルドリップにして良かった。コーヒーメーカーは場所をとるからね。あなた慣れてるのね」

 

それから、ゴールデンウィークは目一杯バイトをさせていただきました。

 

ところが、私は十分過ぎる契約を結ぶ事になり、楽々と学費を稼ぎ出しました。

 

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憧れのコーヒー店のチーママになる

 

ママは昼間は苦手、喫茶店は無理だとわかりました。

 

昼間働いた経験がないそうなんです。

 

ゴールデンウィークが終わったので、お店はスナックにして夜から開けるけど、良かったら昼間は喫茶店として使っていいと。

 

もし、引き受けてくれるなら、仕入れを引いた半分を下さると言います。

 

その時には仕事が見つかったことで安堵し、その意味をあまり考えていなかったのです。

 

授業が終わると、タクシーで山をおり、またタクシーで帰る。

 

贅沢な交通手段も響かないほどお店は繁盛して、ママのスナックも常連客が捌けないほどに。

 

全国にスナックや喫茶店が次々にできた、古き良き時代のお話しです。

 

仕入れは必要なものを記入できるように、シートを作り、ママに渡します。

 

 

翌日夕方に業者からオーダーした商品がきます。

 

驚くようなお給料を辞退したのですが、ママは約束だからと、卒業までお世話になりました。

 

お礼に、喫茶店がスナックになる前にカウンターにママの夕食を作り、セットして帰ることにしました。

 

日本で初めてオープンしたカフェの現在

 

日本でコーヒー店(喫茶店)が初めてオープンしたのは1888年の明治時代。

 

創業者の名前は鄭永慶(ていえいけい)。

 

東京の下谷黒門町に『可否茶館』という名で開いたのが最初のカフェだと言われています。

 

しかしお店はふるわず僅か三年程で閉店してしまったそうです。

 

しかし明治の中頃を過ぎるとコーヒーを振る舞う新しいお店も徐々に増え始め、ブラジルからの移民事業の返礼として無償でコーヒー豆が提供されます。

 

ブラジルからの豆を使用して、庶民が気軽に飲めるコーヒーショップ『カフェ パウリスタ』という喫茶店がオープン。

 

当時東京を中心に、20店舗も展開するほど繁盛したそうです。

 

そしてそのカフェパウリスタで働いていたのが、キーコーヒーの創業者・柴田文次です。

 

大正9年に横浜市中区にキーコーヒーの前身でもある『コーヒー商 木村商店』を開業。

 

キーコーヒーは始めはカフェではなく、トラジャコーヒーを始めとする農園事業、コーヒーの製法開発。

 

コーヒーを商う会社を目指したのでした。

 

新たに出店する喫茶店では、ステータスの様にキーコーヒーの青カンバンが置かれました。

 

そして、田舎の小さなコーヒーショップにまで営業マンを派遣し、ノウハウを惜しみなく伝えたのです。

 

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